世の中には、様々な知恵と知識とが存在します。
人生訓、処世訓、といったものは、それこそ十人十色で、
人の顔が異なるようにいくつも存在します。
図書館や本屋の書籍の数を見ても、
人間の持つ知識の多さ、幅広さ、多様さは驚くものがあります。
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「特別な幸せ」 L.i.C
神様を信じていない人々にとっては、
悩んだり、苦しんだりする時、
自分があてにできず、
右往左往することも不思議ではありません。
しかし、クリスチャンにとっては、
自分がどんなに弱く感じられても、
神様ご自身の存在と力強さに変化はないのですから、
安心できるのです。
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「みっちゃんの祈り」 L.i.C
みっちゃんは2歳半のとき、白血病になりました。
苦しむわが子を見て両親は涙し、祈り続けてたのです。
白血球が下がると、何日も無菌室に隔離され、
孤独と恐怖の中、見っちゃんは
「お母さん、私死ぬの?」と聞くのです。
そんな中でも、みっちゃんとお母さんは神様に祈り続けました。
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「本音で見つめる」 L.i.C
私たちは、本音と建前を使い分ける習慣があります。
自分がどう思っているか、感じているかよりも、
人からどう見られているかを重視してしまいます。
もちろん、本音と建前の使い分けも、
一概に悪いと決め付けるべきではありません。
私たちが長年の経験の中で身に付けてきた、
一種の生きるための知恵でもあります。
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「誰に目を向けましょう」 L.i.C
「その日、人は自分を造られた方に目を向け、
その目はイスラエルの聖なる方を見、自分の手で造った祭壇に目を向けず、
自分の指で造ったもの、アシュラ像や香の台を見もしない。」(イザヤ17:7-8)
日本人である私たちは、
自分勝手な都合に合わせて
“神様”を作ることが得意です。
町には寺や、神社、お地蔵さん、
ここかしこに”神様”があります。
家の中にも、お札、神棚、お守りと、
やはり”神様”が溢れています。
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