「あのお店に行きなさい」 L.i.C

「義に飢え渇く者は幸いです。その人たちは満ち足りるから。」(聖書/マタイ5:6)

「義に飢え渇く者」とは、私たちの真の目標を意味しています。

人は才能があるからではなく、渇きがあるから前に進むのです。

何をするにしても、その行動力の源は、渇きです。

神様が飢え渇きを与えてくださるということは、どんなに大きな力でしょうか。

飢え渇きがあるということは、その人の人生がそこに向かって進んでいくということです。

それでは「義に対する渇き」とは何でしょうか。

「義」はギリシャ語で「ディカイオー」と言います。
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「神様が動きだすまで」 L.i.C

「柔和な者は幸いです。その人たちは地を受け継ぐから。」(聖書/マタイ5:5)

現代は自分自身を誇示していく時代です。

しかし聖書は至るところで「神様に頼れ」と命じています。

「頼る」という言葉はラテン語の「レリジオ」が語源となっています。

この言葉には「結び付ける」という意味があります。

ですから「神様に頼る」とはもともと、

神様と私たちを紐で結び付けるという意味なのです。

それでは、神様に頼る者にとって一番必要なことは何でしょう。

「待つ」ことです。
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「泣ける話」 L.i.C

今日は、イエス様の語る幸福の2つ目です。

「悲しむ者は幸いです。その人たちは慰められるから。」(聖書/マタイ5:4)

本当の病気とは何でしょうか。

それは神様の前で泣けないということです。

悲しい時に泣くことができる人は健康だと言うことができるでしょう。

泣けない人は病気にかかってしまいます。

泣くことのできる心が与えられた時、教会に、社会に、変化がもたらされるのです。
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